ぽんち進論

『ぽんち』とい名の生物が・・・・・・。

人はこの生物を見て、いろんなコトバをかける。
褒め言葉、関心、嘲笑、そして・・・・・、憧れ。
「あ〜、猫になりたい。 ぽんちみたいになりたい。」

それは彼が皆の注目を集めるからであろうか・・・・
それとも見た目ゆえのユルさが魅力的だからなのであろうか・・・・・

『ぽんち』のように・・・・
そこには求める幸せはあるのだろうか・・・・・

『ぽんち』に会いに来た方が、ノートに素敵なコトバを残していかれた。

見え難いがノートにはこう書かれている。
「 ぽんちくんにあいにきましたが
ぽんちくんはぽんちくんでした。
私はぽんちくんだなぁとおもい
ました。やはりぽんちくんは
ぽんちくんのようです。 」
今までにこの方以上に『ぽんち』に近付いた方はいないでしょう。
そして『ぽんち』を理解した人も。
きっと僕にも触れられない『ぽんち』をこの方は撫で回していったのでしょう。
いや、実際には触ってもいないかもしれません。
ですが、きっと通じ合う何かで分かち合ったに違いありません。

『ぽんち』が『ぽんち』である以上、
我々も『自分』が『自分』であることを見つめ直さなければなりません。
そして自分自身の何を『認め』、何に『幸せ』に感じているかにも。
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でふ?
周りの幸せが自分の幸せだなんて自分の幸せが何かにも向き合わないで言っていると必ず後悔します。まずは自分と向き合うことから始めましょう。弱さを汚さを許してあげましょ。と自分に言い聞かせてる毎日な・・・・、お〜な〜。
病んでる人はうちに遊びに来てください。そして僕に一声ください。
補足:↑「周りの幸せが自分の幸せ」を否定しているのではありません。「自分の幸せ」や「自分の弱い部分」を認めてあげてから、そこに行き着くことが大事ですよね。ということです。あくまで自分に言い聞かせてるだけです。





